きまぐれポケットのブログ

「二人の囚人が鉄格子から外を見た。一人は地面のぬかるみを見た。もう一人は星を見た。」これはフレデリック・ラングブリッチさんの『不滅の詩』の一節です。退屈な毎日、不快な出来事。もしかしたら見方を少し変えるだけで新しい発見があるかもしれません。このブログは日常の出来事をちがう角度かみたときの変化を書いていこうかなと思ってます。みてね^ ^

本に対する愛。叫んでみました。

 

 

本。それは他人の脳。

本。それは体験。

本。それは知識。

本。それは生きるツール。

 

 

 

もし本がなければ今の文明はないかもしれない。

少なくとも、今の文明に至るにはずっと後のこととなっていたと思う。

 

人、一人の思考力に限界があるのは周知の事実。

皆、異なる頭(脳)を持っていて、その違いは遺伝によるポテンシャルを体験と環境により開花されることにより明確になっていく。

一人に与えられる時間の長さは異なるが、制限があることには変わりはない。

終わりある時間の中で、自身の体験だけを通してこの世を見ることをは心許ない。

 

 

 

不老不死の人間が、膨大な時間をかけて圧倒的な体感を手に入れることができれば、あるいは一人でも今の社会の礎を築けたのかもしれない。

 

しかし、残念なことに空を突き抜けて宇宙にまで手が届くほどの科学技術を有することに成功したこの世の中ですら、不老不死は未だ存在しない。

 

 百歩譲って不老不死が存在する世の中を考えたとしても、本無しでは今日の水準までは辿り着けなかったと思う。

一人の不老不死の人間が無限の時間を掛けたとしても難しい。なぜなら、同じ体験をしたとしても得られるものは個人により異なるから。

さらに一人が何度も同じ体験をしたとしても感じ方が大きく変わることは、ほとんどないから。

本が存在しない世の中では、同じ体験をした人が得た自分とは異なる考えに触れる機会がぐっと少なくなる。

 

 

そう考えると、控えめに言っても本が人類繁栄の一助を担ってきたことに反対する人は少ないと思う。

 

 

 

 

本は他人の脳。

自分が生きている間に得られなかったであろう知識、体験を本を通して覗き見ることができる。

他人の知識、体験を読むことにより、新しい自身の知識、体験としてアップデートされる。

本は読んだ方がと良いと言うけれど、そんなの当たり前。

本を読むたびに他人脳の一部が加わるのだから。

知識、体験が増えるほど、賢くなり有利に生きていける。

一昔前の体力物量ごり押し社会がつぶれ、今日の情報化社会が生まれた結果、より一層本の重要度は大きくなっている。

 

 

 

他人が歩いてるところをスキップで進めるし、あるいは車で横を走り抜けることができるかもしれない。もしかしたら空だって飛んで、歩いてたらぶつかるはずの壁も気づかず内に通り越し、はるか先に行けるかもしれない。

 

それぐらいの力が本にはあると確信を持って私は宣言するのです。

 

 

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 追伸

この間、デートした女の子が普段は本読まないって言ったから

本読んだらおもしろいよ!って言ったら

本そんなに良いんですか?って逆に聞かれたから

今日のブログに書いた考えをブチかまそうかと思ったけど、絶対に引かれるので止めました(笑)

 

本が社会全体にどれほど影響力を及ぼしているか定かではないけど、私個人には確実に影響してる。本なしでは今の自分は絶対にないって言いきれます!

本。ぜひ読んでね^^いいものですよ!

 

 

 

ちなみにデートは楽しかったです。いい子でした😆